「友達が少ない」ことがコンプレックスだった私が、「毒になる友達」を断捨離したらコンプレックス解消になった話

健康
とうふ
とうふ

友達が少なすぎて休日が暇。SNSを見るのがツライ…

なんて私と同じ思いをしている方、意外といると思うのですが、どうでしょう。

私は友達が少ないです。

ゼロではないですが、すごく少ないです。

一昔前の私は、SNSで楽しそうにしている昔の同級生を見ては凹み、

そんな人たちと自分を比べて悲しくなっていました。

 

タイトルにもある通り、

私は友達が少ないことに強いコンプレックスを抱いていました

そんな私が、友達を断捨離することでコンプレックスを解消した話をしていきたいと思います。

そもそも私に友達が少なかった理由

集団が苦手

結構そういう方いると思うんですが、

私は、一対一だと頑張って話せるのに、

三人以上になると話に入っていけなくなっちゃうタイプの人間です

とうふ
とうふ

自分が話した後にシラケちゃったらどうしよう…

自分のラインでやり取りが止まったらどうしよう…

なんて不安に思っているせいでなかなか話に入っていけず、

集団にいるのが辛くなってなんとなく孤立していっちゃうのが私の毎度のパターンです。

人と話すのが苦手

私は人と話すのが苦手です。

話すより聞く方が好きだし、

そもそも人に話せるほどのエピソードが私の人生において存在しないのです

共通の趣味があればまだいいです。

そうでない人と一体何を話せばいいのか…

私の話なんかしたらつまらないと思われてしまうのではないか。

 

それでも頑張って話そうとはします。

運がいいと「明るくてよく話す人」だと思ってもらえます。

 

でもそんなのは本当の自分ではなく、作った自分なので、

段々頑張るのが辛くなっていくんです。

そして、人と会うのが負担になっていきます。

突然始まる反省会

そんな私でも、遊びに誘ってくれる友達は少ないながらも居ました。

無理してテンション上げて、頑張ってお話しして、

笑顔でサヨナラして、疲労感もあるけれど、なんとなくいい気分で帰路につきます。

 

 

そこに突然、不安の種は芽を出します

とうふ
とうふ

今日のあの発言は相手に嫌な思いをさせたのでは!?

あの時場にそぐわない意味不明なことを言ってしまったのでは!?

そんな不安が頭をよぎり、突然の反省会が始まるのです

この反省会は、次の日になっても終わらず、一週間は引きずります(笑)

 

その結果、友達と会うことが怖くなり、誘われても遊びに行かなくなりました。

圧倒的自己肯定感の低さ

読んでいただいた方ならわかると思いますが、

私はとにかく自分に自信がない!

 

だから自分から周りに壁を作り、歩み寄ってくれる人いても卑屈になってしまうんです。

友達が少なくて悩んでる人は、突き詰めると、

この自信の無さからくる卑屈さが原因の方も多いと思うんです。

 

言い換えれば自己肯定感の低さですが、

この自己肯定感の低さは家庭環境だとか成長する過程でのトラウマだとか、

いろんな要因があると思います。

私も家庭環境と、高校時代の友人関係が原因で人と関わることが怖くなりました。

 

なので、友達ができない・少ない原因は自分のせいだけではないと思っています。

今友達が少なくて悩んでいる方は、決して自分を責めないで下さい。

友達を断捨離するということ

とっても失礼な表現だとは分かっています。

すみません…(笑)

ですが言わせてください。

 

 

少し前に『毒になる親』という書籍が注目され、毒親という言葉が認知されましたよね。


著者のスーザン・フォワードは、

子どもの人生を支配し、子どもに害悪を及ぼす親

としてこの「毒親」という言葉を使いました。

 

これに対して私は、

「毒になる友達」も居るんじゃないかと思います。

この、「毒になる友達」を断捨離することで、私のコンプレックスは大幅に解消されました。

「毒になる友達」って?

学生時代に、誰しも経験があると思います。

 

一見仲良さそうに見えるのに、陰で悪口を言い合っている人たち。

学歴や付き合っている人・家柄でマウンティングしあったり、

けん制しあう人たち。

 

私は高校時代の友達がこういったタイプの人たちばかりで、

人間不信になりました。

他にも要因はありますが、学校にも行けなくなりました。

 

彼らは「私の人生を支配し、私に害悪を及ぼす友達」でした。

彼らとつるんで、人を陰で貶したりする自分が大嫌いでした。

 

それでも視野の狭い学生時代。

彼らと離れるという選択肢はなく、そのままズルズルと、

卒業してもSNSや、たまに開催される集まりで繋がっていました。

 

一緒にいるときのもやもやは高校時代から変わらず。

でも友達が少ない私は彼らと縁を切る勇気が出ませんでした。

彼らと集まるたび、彼らのSNSを見るたび嫌な気持ちになりました。

 

そんな私が彼らを断捨離するきっかけが訪れました…!

断捨離に至ったきっかけ

私はいつものように彼らのSNSをチェックしていました。

彼らのことは好きじゃなかったのに、

なぜか固執し、動向を把握していたかったのです。

自分の知らない集まりがあれば落ち込み、

自分の参加している集まりの投稿があれば誇らしかったです。

 

完全にSNS依存だったと思います。

 

ある日、彼らのうちの一人がSNSに結婚式の写真を投稿しているのを見つけました。

とうふ
とうふ

結婚式!?え、結婚したことも知らなかったんだけど??

と私はパニック状態(笑)

 

 

そこでやっと気が付いたことは、

 

私が必死にしがみついていた友達だと思っていた彼らは、

私のことを何とも思っていなかったということ。

 

そこで一気に目が覚めました。

 

  • 本当の自分を見せられない友達
  • 上辺だけ仲良しで、陰では悪口を言い、けん制しあっている友達
  • 一緒にいる自分が好きになれない友達

こんな友達には価値がないし、悪影響だと気が付きました。

 

そしてすぐに彼らのSNSを削除、ブロックし、連絡手段をすべて消しました

断捨離をしてみて

SNS疲れしなくなった

結果として少ない友達がもっと少なくなりましたが、

なぜかとても清々しい気持ちになったのを覚えています。

大きな変化としては、SNSに張り付いて一喜一憂することがなくなったこと

 

私は○○ちゃんと比べて友達が少ない…

私は○○ちゃんの生活より劣ってる…

などを気にすることがなくなりました。

 

そして不思議と、今も仲良くしてくれる友達の投稿は、

見ても自分と比べて凹んだりしないんです。

 

 

それは大好きな友達だから

そして自分と同じ価値観の友達だからなのかなって思います。

大切な友達との友情が深まった

言い方は悪いですが…

断捨離の過程で、いろんな友達をふるいにかけました。

もともと友達が少なかったので、残った友達は片手に収まるくらい。

ツイッターやインスタグラムを含めるともう少し多いですが。

 

友達が減ったことで、今いる友達と密に連絡を取り合うようになりました

今まではフォロワー数が多くて見過ごしていた投稿にもコメント出来るようになったし

素の自分でいられる友達ばかりなので、人と会って疲れることがなくなりました

反省会をせずに、いい気持ちのまま家に帰ることができるようになりました

 

とうふ
とうふ

どうでもいい友達のために割いていた時間を、

大切な友達のために割くことができるようになって、

より友情が深まったと思います。

新しい出会いを大切にできるようになった

例えば、親友と行った旅行先で出会った大学生と仲良くなってみたり、

職場のサークルに誘われたので参加してみたり。

固執していた人間関係がなくなったら、新しい出会いに目が向くようになったんです

 

今までの私だったら、

(また嫌な思いするし、人間疲れるし…)

と思って新しい交友関係を作ろうなんて思わなかったはずです。

 

だけど今は人間関係につかれてないし、

一からいい関係を築いていこうと思えるんです

これも「毒になる友達」の断捨離のおかげだと思っています♪

友達はたくさんいる必要はない

これが私がたどり着いた結論です。

友達が片手に収まるほどしかいなくなった今、

たくさんの人間と繋がっていた時に比べてはるかに幸せです。

誰かと比較したりせず、自分らしく居られるからです。

もし、友達が一人もいなかったとしても、

自分らしく居られればそれでいいんだと思います

誰かと比較して劣ってるからといって実生活に特に不便は出てきませんし、

比較しちゃうなら見なければいいのです。

 

誰かに人生の舵を横取りされちゃだめです

自分がよければそれでよし精神で生きていきましょう(^^♪

 

ちなみに私は

一人焼き肉も一人映画も一人旅行も楽しんでます!

誰かに依存する必要はありません!

 

さて、皆さんも、

一緒にいてときめけない友達は思い切って断捨離してみませんか?

 

 

 

コメント

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