稽留流産から自然流産を乗り越えた体験談。症状や痛み、立ち直り方とは?

流産立ち直り方 その他

こんにちは。
久しぶりのブログ更新だけど、ちょっと重めのお話を更新していこうと思います…!

実は私、少し前に妊娠、流産を経験しました。

流産の経験は本当に辛くて、「なんで自分がこんな目に合わないといけないんだ」と、神を呪いながら過ごしていました。
今でもTwitterで妊娠報告を見たり、街中で妊婦さんを見たりすると泣きそうになります…。

とうふ
とうふ

とうふメンタルだからね。

辛すぎて本当に近しい人にしか報告していなかったのですが、同じ経験をして苦しんでいる人の救いになればな〜と思って筆をとりました。

私自身、赤ちゃんが出てくるまでは怖くて悲しくて、ずっとネット検索の鬼になっていた経験をしていたからっていうのもあります。

この記事でわかること ・流産した私が検診で言われてた診断
・稽留流産発覚時の症状
・自然排出で完全流産した時のこと
・流産の辛さの乗り越え方

ほんでは、いっくよ〜!!

妊婦健診〜流産発覚まで

はじめに、妊婦健診やつわりのことをお話ししていきます。

流産する人は、しない妊婦と何か違いがあるのかどうか…
私の場合の体験談をお話ししていきます。

【1回目の妊婦健診】胎嚢が小さく、排卵のズレを指摘される

私は、妊娠検査薬が反応してからすぐに産婦人科に行きました。基礎体温表によると、はじめの検診の時点では6週目くらい。

通常であれば、赤ちゃんが入っている袋である『胎嚢』が大きくなっており、赤ちゃんのもとになる『胎芽』が見え始める時期です。人によっては心拍が聞こえることもあるんだそう。

だけど私は、胎芽が見えず、胎嚢もゴマのように小さい。
医師には、「排卵がズレたんだね、また来週来てね。」と言われました。

そんなはずない。ちゃんと基礎体温つけてるもん。

そんなことを思いながら、この時はまだ疑問に思うことなく、「来週になったら大きくなってるはず…!」と、楽観視していました。

【2回目の妊婦健診】胎嚢が育たなく、流産の可能性を示唆される

2回目の検診。
大きくなっていると思っていた胎嚢は、ほんの数ミリ大きくなっていましたが、ゴマがブルーベリーほどになったくらい。

通常、この時期になると胎嚢は15mm〜35mmになるのですが、私はまだ1mm未満。胎芽も見えず、順調には程遠い経過でした。

医師曰く「このまま胎嚢が育たないと流産の可能性があるね。2週間後にまた見てみようか。」と。

私はとにかく不安で、『胎嚢育たない 流産』『胎嚢 小さい 大丈夫だった』などのキーワードで検索をしまくりました。

・「エコーの角度でたまたま小さく写っているだけで、問題なかった」
・「胎嚢が小さかったが、次の週には通常の大きさになっていた」

という前向きになれる意見もあれば、

・「残念ながら流産だった」

という意見もありました。

とにかく1日に何十回も泣きながら検索をし、少しでも安心できる意見にすがりつこうと必死でした。

【3回目の妊婦健診】心拍確認も、胎嚢が小さく胎芽がぎゅうぎゅう状態

迎えた3回目の妊婦健診。

いつものようにエコーで赤ちゃんの様子を見てもらうと医師が「ほら、見える?」と一言。

画面に目を向けると、エコーの画面に鼓動する心臓が映っていました。それと同時に、鼓動する心臓の音も聞かせてくれました。

これは大丈夫かもしれない…!

と安心したのを覚えています。

というのも、『流産の確率は心拍確認後は流産の確率がグッと減る』という記事たくさんあったから。

ほっと胸をなでおろした私の一方で、先生の表情は固いものでした。

「胎嚢が小さすぎて赤ちゃんがぎゅうぎゅうだね。危ない状態だから来週もう1回き来てね。」
そう言われて私はまた絶望の淵に立たされたのでありました…。

稽留流産発覚

3回目の診察の後、すぐに出血がありました。

内診のあとだし、そのせいかも。

そう思い、深く考えずに過ごしていました。

旦那に出血のことを伝え、2人で出血について調べたところ、『妊娠初期の出血はよくあることだから問題ない』とのこと。続くようなら病院に行こうと決め、様子を見ることにしました。

ところが、出血は3日経っても治ることはありませんでした。

流石に不安になって病院に連絡、緊急で診察をしてもらうことに。出血以外は調子が良かった私は、お金がもったいないからと、数キロ先の病院まで歩いて行ったことをよく覚えています。

流産確定

病院に着いた私を、先生は最優先で診てくれました。

いつもは2時間程度並ぶ病院だったので、

あれ、もしかして私やばい?

と、この時に気がつきます。

エコーで診てもらうと、赤ちゃんの心拍は止まっていました。
稽留流産確定です。

稽留流産とは、出血や腹痛などのいわゆる流産の徴候がないが、超音波検査で発育が停止(流産)していると診断されるもの。

日本婦人科医会 より引用

エコーのあと、
・流産は一定の確率で起きてしまうこと
・赤ちゃん側に問題がある場合が多く、防ぎようがなかったこと
などを説明されました。

また、赤ちゃんを取り出す手術をしないといけないため、手術の説明を受けました。

内容は全く入ってこなくて、だからと言って不思議と悲しいという気持ちも湧かず、ただ「帰ったら浴びるほどお酒飲んで寝よう。」と考えていました。

帰宅後、べらぼうに飲酒。精神科のお薬も沢山服用し、朦朧とする意識の中「このまま赤ちゃんと一緒に消えちゃおう…」なんて考えていました。

でも悲しい哉。体は健康そのもので、1時間昼寝しただけで目は覚めて現実に引き戻されてしまいました。

自然排出まで

病院の都合で、手術までに少し間が空きました。

『流産したから出血は止まらないけど、生理の2日目以上の出血があった場合はすぐに連絡してね。』と先生に言われていました。また、「体は問題ないから普通に過ごしても大丈夫」と。

しかし、流産のせいなのか、それとも精神的な問題なのか、吐き気や頭痛、激しい腹痛に襲われることに。仕事も家事もままならず、周りにたくさん迷惑をかけてしまいました。

「手術まで我慢すればこの辛さから解放される」
「だけど、本当に赤ちゃんがいなくなるのはイヤ」
そんな、複雑な気持ちで毎日を過ごしました。

つきまとう自然流産の恐怖

手術まで数日、それまで赤ちゃんがお腹の中にいてくれるか。自然流産してしまわないか。
それがずっと私にとっては恐怖でした。

自然流産になれば手術をしなくても済むこともありますが、弱い陣痛のような痛みがあるんだとか。

この痛みがとにかく怖くて、できれば手術で寝ているうちに済ませたいという思いがありました。そもそも現時点で死ぬほど痛いのに、これ以上痛いのは耐えられない…。

そんな私の気持ちとは裏腹に、自然流産のときは刻一刻と迫ってくるのでした。

ついに自然流産をしてしまう

その日は祝日で、朝から旦那とゲームをしたりダラダラしたりして安静に過ごしていました。出血は多かったし体調も最悪でしたが、次の日は手術の日だったので我慢しようと決めていました。

手術に備えていつもより早めに就寝。お腹は痛かったけど、寝ている間は痛みが紛れるため、すんなり寝ることができました。

夜の11時。大量に出血する感覚で目が覚め、「こりゃヤバイ!血が漏れてしまう!!」と慌ててトイレに駆け込みました。

すると、大量の血とわらび餅みたいな透明な塊が…。よく見てみると、わらび餅の中には小さいけれど、頭と手が生えている赤ちゃんが入っていました。

この時には、お腹の痛みや吐き気はすっかりなくなっています。恐れていた自然流産は、あまりにも呆気なく訪れました。

次の日の朝、手術の時間通り、朝イチで病院に行きました。

赤ちゃんが出てきてくれたことを先生に伝え、エコーで内診してもらうと、胎盤なども全て排出されているとのこと。

「手術はしなくてもいいから、ゆっくり休んで。」
そう言われ、家に帰って1人で泣きました。

本当にいなくなったんだ、終わってしまったんだ…。

と、この時になってようやく実感しました。

一週間後に子宮に異常がないことを確認し、私の短すぎる妊婦生活は終わってしまいました。

流産の悲しみの乗り越え方

他人の言葉に傷つく必要はない

流産後、いろんな人に励ましの言葉をかけてもらいました。

「流産って珍しくないんでしょう?」
「私の友達にも流産した子いるよ!」
「また作ればいいじゃん!」
「落ち込まないで!」
以上の言葉が、私がかけられて悲しかった言葉四天王でした(笑)

とうふ
とうふ

つまり何を言われても悲しかった。

流産は、確率としては珍しいことではありません。よくあることなんて、流産した自分が一番わかっています。だからって、体の中で自分の子供が亡くなることが悲しくなくなることにはつながりません。

また妊娠することは可能かもしれませんが、できない可能性もあります。何より、この子と同じ子は二度とできません。

「よくあること」「落ち込まないで」って言われるたびに、「嘘でも元気な姿でいなきゃ!」と、胸が締め付けられました。

結局私はどんな言葉も方法も気休めにすらならず、長い間家族や友達の前ではニコニコしていました。一人になると泣きわめき、自暴自棄になって暴飲暴食を繰り返していました。

流産をすると周りからいろいろな言葉をかけられます。もちろん、どれも心配してかけてくれる言葉です。

しかし、心に余裕がないときは「この辛さを知らないくせに」「ひと事だな」と、反発する気持ちやイライラが上回ってしまうことが多いかと思います。

大切なのは、自分の心を癒すことです。人の言葉に左右されて傷付いたりイライラしてしまう必要はありませんし、悲しむことをやめなくてもいいです。

気持ちを聞いてもらうことは大切ですが、他人から言われた言葉は聞き流す程度に留めておきましょう

思い切り悲しんで過ごすことが一番の治療法だった

ネットや周囲の人が役に立たないと察した私は(失礼)、ひたすら泣いて自分や亡くなってしまった子供を可哀想だと思うことにシフトチェンジしていきます。

もちろん辛くなったときは親しい間柄の人に相談しましたが、気持ちを理解してもらうことは諦めました。

その代わり「自分は辛い思いをしたから」と、思い切り悲しんで自分を甘やかして好き勝手だらけました

ひとしきり悲しんだあと、少しだけ動けるようになって家事や仕事に手が付けられるように。悲しさで溢れそうになっても、思い切り泣いてしまえばスッキリしていつもの生活に戻れました。

「辛かったのに頑張っててえらい」と自分を褒めつつ、少しずつ元の生活に戻っていきました。流産から8ヶ月経った今では、前と変わらない生活ができるようになっています。

「時間が解決するよ」という言葉を流産したときに言われたときは、「絶対そんなことない、一生悲しいはず」と反発していました。しかし、今でも信じられませんが「時間が解決する」というのは本当でした。

今でも亡くなった子に申し訳なくて悲しい気持ちになることがありますが、それでも「生きていくしかない」と気持ちの整理をつけることができています。

流産をしたら無理に笑わないで

私の流産経験と、悲しみの乗り越え方をご紹介してきました。

実際にこの記事を読んでいる方は、流産の危機に立たされているか流産をしてしまった方々なのではないでしょうか。

流産は、してしまった本人にしか辛さや苦しみはわかりません。周りはいろいろなことを言ってきますが、一番大切にして欲しいのはご自身の心と体です。

悲しいなら「自分は悲しんでいいんだ」と受け入れてあげ、飽きるまで悲しんだらいいと私は思います。

私は流産後、仕事も休んで家事もしませんでしたが、そこまで大きな影響もなく、今何の問題もなく生活できています。

ちょっとくらいサボったって、大きな問題はありません。辛いなら休んで、悲しんで自分を労る時間を作ってあげてくださいね。

いつか必ず、心がフワッと軽くなる日が来ます。それまで自分の気持ちを無視せず、ちゃんと悲しむことが赤ちゃんへの供養にもなると思います。

この記事を読んで、少しでもあなたの心が軽くなることを祈っています。

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